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東京高等裁判所 昭和37年(行ナ)176号 判決

一、原告主張一の原告が昭和二三年一二月六日出願、昭和二五年三月一六日登録にかかる本件特許第一八二、三九二号「定量天秤」の特許権者であること、右特許の無効審判等についての特許庁における手続経過、同二のうち本件特許発明の要旨がその主張の如き「特許請求の範囲」の記載のとおりであること及び同三の審決要旨に関する事実は当事者間に争いなく、旧特許法第一二八条の四第二項の規定により当裁判所に送付された関係記録中の郵便送達報告書の記載によれば、抗告審判の審決書謄本は昭和三七年九月一九日原告に送達されたことが認められる。

二、右の争いのない事実と成立に争いなき甲第一号証の本件特許発明明細書とによれば、本件発明の要旨は、その「特許請求の範囲」に記載のとおり「槓杆の一側に全分銅を加重した場合に均り合う如くした天秤の同一荷重点に被測定物を加重し、これに相当する重量の分銅を除去することにより均り合う如くした定量天秤」にあつて、本件発明の天秤は(1)天秤を構成する槓杆はその一側に一群の分銅を加重した場合に釣り合うようになつていること(2)その一群の分銅は「全分銅」すなわち各分銅の重さの総和が、その天秤で測り得る最大限の一定の重さと等しいものであること(明細書中「全分銅」の語について特に説明していないが、原告主張の如く、秤量すなわちその天秤で測り得る最大限の一定の重さに相当する一群の分銅を指すものと解するのが相当であろう。)及び(3)右の一群の分銅と同一荷重点に被測定物を加重するようになつていて、槓杆の支点は――いわゆる槓杆の支点と分銅荷重兼被測定物荷重支点との――二個であること(この支点数については「特許請求の範囲」に特に明記されていないが、その記載全体から当然推考されるところであり、明細書本文中にも本件発明が槓杆の支点を前記の如き二個としたことによる作用効果が記載されている。)を構成要件とするものであり、まず全分銅を加重して槓杆を釣り合わせ、次に被測定物を加重し、これに相当する分銅を除去することによつて釣り合わせ、右の除去した分銅の質量の総和から被測定物の質量を測定するものであることが認められ、

そしてその作用効果は、(a)分銅重量と被測定物重量とを槓杆1上の同一支点8に荷重せしめるため、槓杆の支点2から分銅荷重支点への長さと被測定物荷重支点への長さとは同一槓杆部分であるため、常に同一であつて、槓杆長の温度変化及び経年変化は関係せず、従来の等臂天秤に見られるこれら変化による測定上の誤差は除去され、(b)従来の天秤が被測定物荷重支点、分銅荷重支点、槓杆支点の三支点を必要としたのに対し、前二者を同一支点として支点数を二としたので、支点の摩擦による誤差を軽減し得て、一層測定上の誤差を僅少ならしめることができ、(c)なお、分銅皿と被測定皿とを同一吊枠に設けることができて、機構を簡略化し、天秤の容量を小さくすることができる、というのであり、そしてまた(d)加うるに、測定時には常に一定の全分銅重量で作動するものであるため、指示針5の振れ感度は被測定質量の大きさに関係なく同一に振れ、この読みより重量の端数部分を読み取るに容易であり、天秤の測定操作を容易ならしめることができる、とされているものであることが認められる。

三、次に成立に争いのない乙第一号証(甲第二一号証、ドイツ図書マツクスラウドニツツ編「手操作天秤の構造」“Die Konstruktion der von Hand bedienten Waagen”この図書が被告主張の如く本件特許出願前の昭和一二年五月三一日工業技術院中央計量検定所に購入、受け入れられ、じ来一般の閲覧に供されて来たものであることは、原告のあえて争わないところである――なお、この点については、成立に争いなき甲第二〇号証中の当該証明書の部分参照――。)によれば、右図書の第三〇四頁第一六行以下第三〇五頁第六行までに、(c)ボルダの秤量法(置換え法)と題して、第一段に、秤量目的物をある重量物と釣り合わせ、次に分銅を右重量物と釣り合わせ、この分銅の量によつて秤量物の重量を知るという、この方法の基本的原理を解明した記載(第三〇四頁第一七行から第二五行まで、訳文は被告主張の「この方法においては、………故にG=Nとなる。」のとおり。)、第二段に、この方法において、秤量目的物の重さより大なる任意の量の重量物と分銅の組合せとの釣合せを一回しておいて、一連の秤量にあたり、その目的物を分銅の組合せに加重し、次に分銅を除去して再び釣り合わせ、除去された分銅の合計によつて秤量目的物の重量を知るという、右原理の実際的応用の方法を説明した記載(第三・四頁第二六行から第三四行まで、訳文は被告主張の「上記の方法は更に……天秤腕の長さの違いに無関係になされている。」のとおり。)、第三段に、かような構想から置換え法を用い、一方の天秤皿及び末端ナイフエツヂを省略し、これらを皿にのせるべきデツドウエートと共に天秤の杆に固定した一定のカウンターウエイトに置きかえた天秤がボツクホルツ及びL・ライマンによつて作られ、第二八〇図はこのライマン天秤を示すものであるが、この天秤は構造の簡単さ特に三個のナイフエツヂを二個にした点に魅力ある反面欠点もある旨解説した記載(第三〇四頁第三五行から第三〇五頁第六行まで、訳文は被告主張の「置換え法は簡単なために過去において……他の装置によつては得られない利点を有することが示されている。」のとおり。)がなされており、次いで第二八〇図として、「ボルダの秤量法の一個の末端ナイフエツヂ及びカウンターウエイトを有する天秤」との註をもつて別紙第一図面のとおりの図面がのせられていることが認められる。

ところで右本文の記載と右の図面とによれば――なお別紙第三図面に示す本件明細書の図面参照――その説明、図示されているライマン天秤においては、従来の天秤が三個のナイフエツヂ(支点)を有するのに対し、それを二個にしていて、その一つは槓杆の中央の部分(本件発明のものの支点2に相当する。)に、他の一つは槓杆の一端(右端)の被測定物荷重支点と分銅荷重支点とが同一となつている点(本件のものの支点8に相当する。)にあること――そして右槓杆の一端(右端)の支点の部分に被測定物及び分銅をのせる皿(本件のものの10、9に相当する。)が吊枠(本件のものの7に相当する。)に二段に配設されて保持されていること――、またその槓杆の他端(左端)には平衡用重鍾(本件のもののみに相当する。)が取り付けられていること、そしてその槓杆の一端(右端)に保持されている分銅皿に一群の分銅(本件のものの12に相当する。)がのせられて槓杆が水平位を保つものであることが、それぞれ認められ、そしてボルダの秤量法を用いた右天秤において、被測定物を秤量するには、一群の分銅を分銅皿に加重して槓杆を釣り合わせ、次に被測定物を当該の皿にのせて加重し、適当量の分銅を除去して再び釣り合わせ、除去した分銅の量によつて被測定物の質量を測定するものであることも明らかである。

四、そこで本件発明の天秤と引用例記載のライマン天秤とを比較するに、その構成要件において、

(1) 天秤を構成する槓杆の一側に一群の分銅を加重した場合に釣り合うようになつていること(もつともこの構成として、引用例記載のものにあつては、前記の如く分銅が加重されるのと反対側の槓杆部分に平衡用重鍾が取り付けられているのに対し、本件のものにあつては、明細書の「特許請求の範囲」には単に「槓杆の一側に全分銅を加重した場合に均り合う如くした」とのみ記載してあり、その「発明の詳細なる説明」の項には「平衡用重鍾4は分銅皿に全分銅を載置したとき支点8に荷重される重量と平衡し、槓杆を水平位に保つための重鍾であつて、槓杆自重または他の物にて同一作用を行わしめてもよい。」と平衡用重鍾に限定しない趣旨を明らかにしているが、原告はこの点について本件のものにあつては「反対側の槓杆部分に釣り下げる平衡用分銅が、単なるカウンターウエイトであるか普通に分銅をのせる皿であるかは限定しておらず、この二つの方式を基本とする。」というだけで、平衡用重鍾以外の方法を用いることにそれを用いるのに比し作用効果上格別のものがあることについてはなんら主張しておらず、明細書にも明らかにされていないのであるから、両者は要するに前記の「………釣り合うようになつている」構成において共通していると見るべきである。)、

(2) 右の一群の分銅と同一荷重点に被測定物を加重するようになつていて、槓杆の支点は――いわゆる槓杆の支点と分銅荷重兼被測定物荷重支点との――二個であること、

において両者は共通しており、ただ本件発明のものにあつては右一群の分銅を「全分銅」(秤量に相当する一群の分銅を意味すること前記のとおり。)と規定しているのに対し、引用例記載のものにはこの点に格別の明示がないため、ここに両者間構成上相違の有無を疑う余地がないではない。

しかし、引用例における前記記載を卒直に読解し、所載の第二八〇図――別紙第一図面参照――における、一群の分銅が分銅皿にのせられて、その一定の荷重点において槓杆に加重され、反対側の槓杆部分は固定された一定のカウンターウエイトと槓杆の支点を介して釣り合い、槓杆が水平位を保つているライマン天秤の図示に鑑みると、――本件特許の出願当時においても――右の一群の分銅はいわゆる全分銅にあたると理解、観念するのが自然のことであり、通常の技術常識に合致するところというべきであろう(成立に争いなき乙第二号証――甲第九号証――のドイツ特許公報第七、一四七号は、本件特許出願前わが国に受け入れられたことの立証がなく、従つて右刊行物は本件においていわゆる公知文献としてとり上げるに由ないものであるが、あえて他の特別の解明にまつまでもなく、引用例の記載、図示自体から以上のように理解される。)。これをしいて右一群の分銅が全分銅でなく、すなわち秤量に相当する分銅の外更に別の分銅が併加されたもの、あるいは逆に秤量に相当する分銅の全部でなくその一部であつて図示のように釣合いが保たれていると解するならば、一定のカウンターウエイトの重量(それは秤量を決定し、秤量に相当する筈のものである。)と、それに相当しない秤量以上または以下の重量の分銅とが――例えば特別の操作に基づく別の作用によつて――釣り合つているということになるであろうが、このように解することは技術的見地からいつても常識的見地からいつてもすこぶる不自然なことといわなければならない。

すなわち、引用例記載のライマン天秤も本件発明のものと同様前記(1)における一群の分銅は、本件特許の出願当時の技術水準から見てもいわゆる「全分銅」に当るものと解し得るものであり、従つてこの点においても両者はその構成を共通にし、結局本件発明は引用例に容易に実施し得べき程度において記載されたものというべきである。

五、次に原告の各主張について検討する。

(一) 原告はまず、本件発明においては「全分銅釣合い」すなわち「槓杆の一側に全分銅を加重した場合に釣り合う如くした」構成――これによつて天秤の感量が一定となり、そしてこの定感量によつていわゆる微細読取り機構が可能となるとする。――を要件としているのに対し、引用例記載のものにはこの「全分銅釣合い」の構造がなく、この点において両者は相違する旨主張し、引用例につき「その記載のどこにも全分銅なる観念は表現されておらず、ただ第二八〇図を参照して考えると『槓杆に固定した一定重量のカウンターウエイトに釣り合う量の分銅』であるということはいえるかも知れないが、それが『全分銅』であると固定した観念は汲みとれず、その記載のものでは全分銅すなわち秤量相当の量の分銅より多い量の分銅であるかも知れず、少い量の分銅であるかも知れず、つまり天秤一杯の被測定物の場合でも、なおそれに分銅を補足した量であるかも知れないのであつて、まして引用例の記事の前半には『秤量される目的物の重さよりも大きい任意の量の重鍾を用い、鍾量の組合せにてできるだけ完全な釣合い状態にする………』と記載されている以上、かように理解するのは不当ではなく、またカウンターウエイトは取換え不能とは限らない。」という。

ところで引用例の記載に、ライマン天秤においてカウンターウエイトに釣り合わされる分銅がいわゆる全分銅である旨特に明示したものはないにしても、その記載、図示の全趣旨と技術常識からその意味に受け取らるべきこと前に説示したとおりであつて、原告が引用例についてのその主張の如き解釈の根拠としてここで援用するその記載部分も、これを要するに、凡その見当の秤量されるのであろう「目的物の重さよりも大なる任意の量の重量物」と「分銅の組合せ」との釣合い状態を一度作つておけば、その重量物――従つてまた分銅の組合せ――の重さの限界内のすべての秤量目的物については、秤量の都度いちいち引用例第一段記載のような二重の操作をすることを要しないで、自由に秤量することができるという趣旨を説明したものであることは記載自体によつて明白なことで、凡そ秤量の対象に予定される「目的物の重さよりも大なる任意の量の重量物」と「分銅の組合せ」との釣合い状態がこの両者の重さの等しいことによつて生ずる釣合い状態を意味していることも自明というべく、ここにことさらに「任意の量の重量物」とこれに比較してより重いまたはより軽い「分銅の組合せ」との釣合い状態を容疑想定すべき余地も根拠もないのであつて、かかる容疑想定に基づき、引用例記載のライマン天秤におけるカウンターウエイトと「全分銅」(のみ)との釣合いを容疑否定する原告の右主張は、引用例の記載を正解しないものというの外なく、理由がない。

(二) 次に原告は、本件発明においては前記「全分銅釣合い」の構成によつて、天秤の感量が一定となり、この定感量ということによつて、目盛が質量単位直読目盛となり、重量の端数部分を質量単位で比例読み取りできるという効果があるところ、引用例にはこの定感量なる観念の記載ないしライマン天秤が定感量であるという認識の表現はなく、ひいてまたこれに由来する質量を目盛で直接読み取るという考慮は見当らないのであつて、この点において本件発明のものは引用例記載のものに比し新規性がある旨強調する。

そこで引用例の記載を検するに、それに定感量に関し原告主張の如くなんらの記載、表現がなく、またこれに基因する主張の如き考慮の汲みとれないことは原告主張のとおりである(乙第二号証の刊行物がここに参酌さるべくもないことは前記のとおりである。)。しかし本件発明において「全分銅釣合い」の構成から「定感量」の効果を生じ、さらにまたこの「定感量」から質量単位直読目盛の設定の可能、そしてまたこの目盛によつて端数読取りの可能がもたらされるものであるとしても、この点に関する原告の「天秤を全分銅によつて釣り合うときの感量に固定して装置構成条件をきめ、目盛をその感量に応じた質量目盛として始めてこの感量一定ということが意味を生ずるのであり、指針振れの端数を質量単位で読み取ることができるのであつて、換言すれば本件発明において『全分銅』という条件はインストルメンテイシヨン(装置化)の一つの重要な要件なのである。」との主張において、原告自ら本件発明において「全分銅釣合い」の直接の効果は「定感量」にあつて、「指針の振れの端数を質量単位で読み取ることができる」ためには、さらに「感量に応じた質量目盛(指示針の振れを読む目盛)」という在来のものと異つた特別の要件をもつた目盛(その設定が右の定感量の故に可能とされる。)を要するものであることを認めているのによつても分るように、本件発明において「全分銅釣合い」の構成のもたらす効果は「定感量」に尽き、この構成から直ちに微細質量の読取りが可能となるというものではなく、――全分銅釣合いによつてもたらされる定感量によつて設定可能とされるところの――指示針の振れを読む質量目盛をまつてはじめてそれが可能とされるという関係にあるのであるから、もし微細質量の端数読取りの可能ということを本件発明の内容とするのであれば、右の特別の目盛を設定することがこれを可能ならしめるための必須の構成要件となるのであつて、従つて明細書にもこれについての記載を必要とするものである。しかるに明細書では「発明の詳細な説明」の項に「5は槓杆水平位指示針、6はその指示目盛である」として図面――別紙第三図面参照――に指示針、目盛が極めて簡単に示されている外は、原告主張の如く、常に全分銅重量で作動するため指示針5の振れ感度は重量に比例して一定であつてこの読みから重量の端数部分を読み取るに容易である旨要するに――特別の要件をもつた質量目盛を設けるならば――定感量の故に端数読取りが容易である趣旨を記載してあるにとどまり、「特許請求の範囲」の項には、その記載内容は前記のとおりであつて、特別の質量目盛の構成については何の記載もない。その記載における原告いうところの「全分銅」、「定量天秤」等の字句は、この点の原告の主張自体にもあらわれているように、定感量の効果をもたらす構成要件を示すものたるに過ぎないのであつて、質量目盛の構成を示すものとはもとよりなすべくもない。

これを要するに、本件発明と引用例記載のものとは、その「全分銅」の構成が、仮りに前者において定感量の知見、そしてこの定感量による特殊の微細読取り機構の設定の可能とこの機構による端数読取りの可能との知見に出た点に相違があるとしても、この相違は本件発明の構成上には具現されていないというに帰し、両者はその構成としては結局同一であるというの外はない。

(三) なお原告は、本件発明において「全分銅加重」はその構成要件であるのに、これを天秤の使用法における問題であるとした審決の判断は違法であるというが、この点についての審決の説示に相当ならざるものがあるとしても、成立に争いのない甲第二八号証(本件審判事件の初審の審決)と右審決とからすれば、本件審決は要するに本件特許発明は引用例に容易に実施できる程度に記載されたものと同一であるとしてその新規性を否定しているのであつて、この審決の判断は結局において相当というべきである。

〔編註〕 本件に関する図面は左のとおりである。

第一図面

<省略>

第二図面

<省略>

第三図面

<省略>

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